
「給料を上げたのに、社員の定着率が上がらない」
「インセンティブを用意しても、やらされ感が拭えない」
組織を率いるリーダーや人事責任者の方々から、このような切実な悩みを伺う機会が増えています。
現代のビジネス環境において、従業員のモチベーションを金銭的な報酬だけでコントロールしようとすることには、構造的な限界が見え始めています。
物質的な豊かさが一定の水準に達し、働く価値観が多様化した今、組織変革の鍵を握るのは「感情報酬」という新たなメカニズムです 。
本記事では、なぜ今「給与」だけでは人は動かないのか、そして組織変革のレバレッジ(てこ)となる「感情報酬」をどのように生み出すべきかについて、先進企業の具体的な事例を交えながら提言します。
なぜ今、「金銭報酬」だけでは人は動かないのか?
結論からお伝えすると、現代の組織において金銭的な報酬(外発的動機づけ)は必要条件ではあっても、持続的なエンゲージメントや貢献意欲を維持・向上させる十分条件にはなり得ないからです。
物質的充足と「問い」へのシフト
かつての組織管理においては、報酬といえば主に金銭的・地位的なメリットを与えることが一般的でした 。
しかし、物質的な豊かさが一定水準に達した現代において、その効用は相対的に低下しています。
さらに、AIの進化により業務効率化が進む中で、人間に求められる役割は「与えられたタスクをこなすこと」から「問いを創り出すこと」や「意味を見出すこと」へとシフトしています 。
こうした創造性や自律性が求められる領域では、「これをやればこれだけ貰える」という単純な交換条件よりも、「自分の仕事には意味がある」「組織から必要とされている」という内発的な動機づけが重要になります。
「感情報酬」がモチベーションの源泉になる
行動経済学の観点では、人は金銭だけでなく、「承認」や「称賛」といった非金銭的な報酬によって強く動機づけられます 。
例えば、表彰式のような「ハレの場」でスポットライトを浴び、経営トップから直接称えられる経験は、理屈を超えた感情的なインパクトを持ちます 。
この時、従業員が感じる「自分はここで認められている」という心理的安全性やプライドこそが、次の行動への強力なエネルギーとなるのです。
組織変革のレバレッジ(てこ)となる「感情報酬」とは
では、組織変革において重要となる「感情報酬」とは具体的にどのようなものでしょうか。
承認欲求・所属意識・自己効力感へのアプローチ
感情報酬とは、金銭のような物理的な対価ではなく、主に以下の4つの心理的側面に働きかける報酬のことです 。
親和欲求: 他者との友好的な関係を築き、維持したい
成長欲求: 自己成長や学びの機会を求め、「もっと良くなりたい」
承認欲求: 他人から評価され、認められたい
貢献欲求: 他者や社会に対して貢献したい
コストをかけずとも、思いを込めたメッセージや、「こんなところまで見てくれていたんだ」という上司や仲間からの"気づき"は、従業員の心に深く響く報酬となります 。
これらは単なる「ご褒美」ではなく、従業員がその組織で働くことの「意味」を感じるための重要な要素です 。
未来の企業価値への投資
「過去の功績を褒める」ことだけが感情報酬の目的ではありません。
重要なのは、感情報酬を通じて「どのような行動がこの会社では賞賛されるのか」という価値基準を共有し、未来の行動を変えることです。
事実、社内表彰制度などを通じて感情報酬を戦略的に提供することは、未来の企業価値を創造するための「投資」であると定義できます 。従業員の心が満たされ、自発的に行動するようになることで、結果として組織全体のパフォーマンスや企業価値が向上するからです。
感情報酬を最大化する「戦略的表彰制度」
感情報酬を個人の属人的なマネジメントに任せるのではなく、組織全体のシステムとして機能させる最適解の一つが「社内表彰(アワード)」です。
経営メッセージを体現する仕組み
現代における社内表彰は、単なる儀式的なイベントではありません。経営理念やパーパスといった抽象的なメッセージを、具体的な行動として翻訳し、全社員に浸透させるための「マネジメントツール」へと進化しています 。
「我が社では何が正義とされるのか」を、受賞者の行動を通じて可視化することで、組織文化を強力に牽引することができます。
アワードが持つ4つの特性
なぜアワードが有効なのか。それは、他の施策にはない以下の4つの特性があるからです 。
全社ゴトという希少性: 日常業務では分断されがちな全部門・全グループを巻き込める数少ない機会です。
ポジティブな発信: 「褒める」という行為が前提であるため、社内外から肯定的に受け入れられやすく、変革への心理的ハードルが低いです。
定期的に訪れるサイクリック性: 毎年決まった時期に実施されるため、組織のリズムを作りやすい利点があります。
定量化によるPDCA: 応募数や参加率などを指標化しやすく、前年比での改善(スパイラルアップ)が図りやすい施策です 。
【事例】感情報酬で組織を変えた企業の取り組み
実際に、ユニークな仕組みで「感情報酬」を生み出し、組織変革につなげている企業の事例をご紹介します。いずれも金銭的な報酬以上に、社員の心に火をつける工夫が凝らされています。
1. 東レ株式会社:「プロセスへの承認」で挑戦を生む
2026年の創立100周年に向けた風土改革の一環として、東レ株式会社は「はじめの一歩賞」を導入しました 。
取り組み: 通常の表彰は「成功した結果」に対して贈られますが、この賞は「成果が出る前の活動」や「挑戦への第一歩」そのものを評価対象としました。
感情報酬のポイント: 「失敗してもいいから挑戦することが素晴らしい」というメッセージを制度化することで、従業員の心理的安全性を担保しました。結果として、想定を大きく上回る190件ものエントリーが集まり、組織全体に「挑戦しても良いんだ」という前向きな空気が醸成されました。
2. 日清食品ホールディングス:「エンタメ化」で共感と熱狂を作る
日清食品ホールディングスでは、「NISSIN CREATORS AWARD」を通じて、全社員がクリエイターであることを再認識させる取り組みを行っています。
取り組み: 表彰式を単なる会議室での発表ではなく、「特別番組」としてハイクオリティな映像コンテンツ化しました。さらに、全社員の投票で選ぶ「従業員特別賞(推しプロジェクト)」を新設しました 。
感情報酬のポイント: 社員を「観客」から「審査員(当事者)」に変えることで、自分ごと化を促進しました。また、ドキュメンタリータッチで受賞者の苦悩や情熱を描くことで、強い共感を生み出し、エンゲージメントを高めることに成功しています 。
3. サイボウズ株式会社:「ネーミング」で文化を作る
サイボウズ株式会社では、表彰の「ネーミング」自体が、大切にしたい文化を象徴するメッセージになっています。
取り組み: 個人のスタープレーヤーではなくチームワークを称える「チームオブザイヤー」や、他部署との連携を評価する「連携マスター賞」、さらには「グルメ王」「ひとこと賞」といったユニークな賞を設けています。
感情報酬のポイント: 数値化できない貢献や、多様な個性を認める姿勢を「賞の名前」として可視化することで、従業員に「あ、こういう行動も評価されるんだ」という納得感と愛着(所属意識)を醸成しています。
形骸化を防ぎ「感情報酬」を生み出し続ける設計ポイント
表彰制度を導入しても、運用を誤ると「出来レース」と揶揄され、かえってモチベーションを下げてしまうリスクがあります。感情報酬を持続的に生み出すためには、以下のポイントが不可欠です。
「ストーリーテリング」で暗黙知を共有する
単に「〇〇さんが売上1位でした」という事実だけの発表では、他の社員の心は動きません。
重要なのは、その成果に至るまでの「苦悩」「工夫」「想い」をストーリーとして語り継ぐことです。
受賞者のスピーチやインタビューを通じて、現場に眠る「暗黙知(成功の秘訣や泥臭い努力)」を形式知化し、全社に共有しましょう。これにより、受賞者はヒーローとしての誇りを感じ、周囲は「自分も真似してみよう」という学びを得ることができます。
プロセスの透明性と「納得感」
「なぜあの人が選ばれたのか?」が不明瞭だと、感情報酬は生まれません。
評価基準を事前にオープンにし、選考プロセスを可視化することが重要です。
評価の背景を丁寧に伝え、「あなたのこういう行動が素晴らしかった」とフィードバックを行うことで、受賞しなかった社員に対しても「次は頑張ろう」という前向きな意欲を引き出すことができます 。
まとめ
「給与」や「待遇」は働く上での基盤ですが、それだけで人の心に火をつけ、組織を自律的に動かすことはできません。
「あなたを見ています」「あなたの仕事を誇りに思います」
そう伝える「感情報酬」こそが、組織変革の強力なレバレッジとなります。そして、そのメッセージを最も雄弁に、組織全体へ届ける仕組みが戦略的な「社内表彰制度」なのです。
株式会社リンクソシュールでは、20年以上の組織人事コンサルティングの実績をもとに、単なるイベント運営にとどまらない、経営戦略と連動した「インナーブランディング」や「社内表彰制度」の設計をワンストップでご支援しています 。
組織のエンゲージメント向上や、理念の浸透にお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。
また、当社では以下のようなセミナーを開催するとともに、個別での支援事例紹介も行っております。是非お気軽にご相談ください。
社内表彰や行動変革に繋げるMVV浸透の関連セミナーはこちら
社内表彰やインナーブランディングの事例についてはこちらの記事をご覧ください。