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86兆円の損失を防ぐ「投資」としての社内表彰:日本企業のエンゲージメント危機を救う「感情報酬」のメカニズム

2024年、日本企業はある静かなる危機に直面しています。
米ギャラップ社の調査によれば、日本企業の従業員エンゲージメントは「7%」と世界最低水準に留まり、この「やる気のない状態」が引き起こす経済的損失は、年間約86兆円に達すると試算されています。

多くの経営者は、この課題に対し「賃上げ」や「福利厚生の拡充」で応えようとします。もちろん、物価上昇局面において金銭的報酬の改善は不可欠です。
しかし、それだけでは「86兆円の穴」は埋まりません。
今、人的資本経営の本丸として目を向けるべきは、金銭的な契約を超えた、組織と個人の「感情的なつながり」の再構築です。

そのための戦略的レバレッジこそが、「社内表彰(アワード)」の再定義なのです。

なぜ、「給与アップ」だけでは組織は熱を帯びないのか

「待遇は改善したはずなのに、若手の離職が止まらない」「ボーナスの効果が長続きしない」。こうした経営課題の背景には、人間の心理的特性があります。

行動経済学における「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」現象が示す通り、人は昇給や昇進といったポジティブな変化に対して、驚くほど早く順応します。食べるために働く時代は終わり、仕事を通じて何を得られるかという「感情報酬」や「意義・やりがい」が強く求められる時代になりました。

ハーズバーグの二要因理論を引くまでもなく、金銭報酬は不満を解消する「衛生要因」にはなり得ますが、自発的な貢献意欲を引き出す「動機づけ要因」としては限界があります。人は金銭的な報酬だけでなく、「承認」や「称賛」といった非金銭的な報酬によって強く動機づけられます。

未財務価値と呼ばれる、エンゲージメントやブランドへの誇りといった目に見えない資産を高めるためには、金銭とは異なるアプローチ――すなわち、称賛や物語による「感情報酬」の仕組みが不可欠となります。

パラダイムシフト:「儀式」から「経営システム」への進化

かつて、多くの日本企業における表彰制度は、永年勤続や営業成績トップを称える「福利厚生の一環」や「儀式」に過ぎませんでした。
しかし、人的資本経営やESGへの対応が経営の要諦となった現在、表彰制度は経営戦略を遂行するための強力な「マネジメントシステム」へと進化を遂げています。

「マネジメントシステム」として活用するには、従来の「セレモニー型」から、環境変化や事業戦略に連動した「メッセージ重視型」へと動的な運用に変えていく必要があります。
私たちは、現代の戦略的社内表彰が担うべき機能を、以下の3点に再定義しています。

1. 経営メッセージの「翻訳」機能

経営層が発する「イノベーション」や「パーパス(存在意義)」といった言葉は、抽象度が高く、現場社員にとっては「具体的に何をすればいいのか」が掴みにくいものです。どれだけ言葉を重ねても、真の共感にはなりません。
本当に伝わるのは、それが具体的な「行動」として目に見えたときです。

表彰制度は、そうした理念を具体的な行動として体現した社員にスポットライトを当てることで、「我が社では、こういう行動こそが賞賛されるのだ」と、抽象的な概念を具体的な行動モデルへと翻訳する機能を果たします。

2. 組織文化(カルチャー)の定着機能

「失敗を恐れるな」と口で唱えるよりも、「果敢に挑戦し、そして失敗した社員」を表彰する方が、組織へのメッセージは強烈です。
表彰基準を具体化し、戦略やバリューに直結させることで、「この行動を繰り返してほしい」という経営の意図を可視化します。何を称賛するかは、その企業が何を「正義」とするかを示すシグナルであり、それが反復されることで組織独自のカルチャーとして定着します。

3. 人材育成とロールモデル化

受賞者のプロセスや苦労話をストーリーとして共有することで、それは個人の武勇伝から、組織全体の「再現可能なナレッジ(形式知)」へと昇華します。
受賞者が自分の行動を理解し、背景を語ることで初めて、仲間にとってリアルな教科書となります。他の社員は受賞者をロールモデルとして模倣学習を行い、組織全体の能力底上げが図られます。

先進企業は「集合的沸騰」をどう設計しているか【実践知】

社会学者のエミール・デュルケームは、人々が同じ時間と空間を共有し、感情を共にすることで生まれる一体感を「集合的沸騰」と呼びました。リモートワークなどで求心力が低下しやすい今、先進企業はこのメカニズムを巧みに経営に取り入れています。

株式会社日立製作所:グローバル×ストーリーテリング

同社はコロナ禍を機に、表彰式を「受賞者だけの式典」から「全社員参加型のオンラインイベント」へと刷新しました。
「Inspiration of the Year Global Award」では、単なる成果報告ではなく、受賞者による「インスピレーショナル・スピーチ」を実施。活動の背景にあるストーリーを紹介することで、世界中の社員がリアルタイムで感動と日立のアイデンティティを共有し、グループへの共感度を97%という高水準へ引き上げました。

日清食品ホールディングス株式会社:エンターテインメント化×民主化

「クリエイティブ」を標榜する同社は、表彰式自体を高品質な「特別番組」として制作。さらに、全社員の投票で選ぶ「従業員特別賞」を新設しました。
社員を「観客」から「審査員(当事者)」に変えることで、他人事になりがちな表彰を「全社ゴト」化し、熱狂的な理念浸透を実現しています。

東レ株式会社:プロセス評価×心理的安全性

創立100周年に向けた風土改革として「はじめの一歩賞」を新設。
「成果」が出る前の「着想」や「行動開始」の段階を表彰対象とすることで、保守的になりがちな大組織において「失敗しても良いから挑戦せよ」という心理的安全性を制度として担保しました。
最高基準ではなく「すべてのはじめの一歩を称える」というコンセプトにより、イノベーションの土壌を耕しています。

結論:表彰は「コスト」ではなく、未来の企業価値への「投資」である

労働人口が減少する日本において、採用コストは年々上昇しています。
しかし、どれほど優秀な人材を採用しても、組織のエンゲージメントが低ければ、彼らの能力は発揮されず、いずれ流出してしまいます。それはまさに、穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなものです。

社内表彰にかかるリソースは、86兆円の機会損失や採用コストに比べれば、極めて効率的な投資です。
表彰制度とは、単なる過去の功績への「ご褒美」ではありません。それは、企業が従業員に対して「あなたを見ています」「あなたの仕事を誇りに思います」というメッセージを伝え、未来の企業価値を創造するための「投資」なのです。

「コスト削減」の名の下に形骸化した表彰式を続けるか、それとも「戦略」として捉え直し、組織を内側から熱くするか。今、経営者の意思決定が問われています。

リンクソシュールでは以下のようなセミナーを開催するとともに、個別での支援事例紹介も行っております。是非お気軽にご相談ください。

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