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昨今、国内においても「ビジネスと人権」への取り組みは急速に進展しており、企業には具体的な対応が求められています。 
本記事では、企業の人権実務に携わるご担当者様が抱きがちな疑問や不安を、「よくある質問(FAQ)」として網羅的にまとめました。社内検討や情報収集の「転ばぬ先の杖」としてお役立てください。
なお、各社の状況に合わせた個別具体的なご相談につきましては、弊社コンサルタントが詳しく回答いたします。どうぞお気軽にお問い合わせください。 

A. 基礎知識とガバナンス編

Q1. 初めて「ビジネスと人権」の分野に携わることになりました。何から手を付ければよいですか?

A.まずは、この記事にたどり着いてくださりありがとうございます。

この分野での取り組みのベースとなっているのは2011年に国連が発行した「ビジネスと人権に関する指導原則」(https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/)です。

しかし、いきなり読み始めるには少し長いので、経産省が2022年に発行した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」のダイジェスト版(https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/pamphletjapanese.pdf)で全体像をつかむのがおすすめです。
また書籍では、「詳説 ビジネスと人権[第2版]」(日本弁護士連合会国際人権問題委員会 2025年)、「サプライチェーンにおける人権リスク対応の実務」(民事法研究会 2024年)が網羅的かつ専門家・実務家の意見、視点が織り交ぜられ有用です。

「ビジネスと人権」は急速に法整備や各社の取り組み状況が移り変わる分野でもあるため、リンクソシュールが提供するコラム記事やセミナーもご活用ください。
顧客事例やデジタルサーベイによるデュー・ディリジェンスの結果、最新の動向を踏まえた情報を発信しています。

また、個別のご相談もお待ちしております。

Q2. なぜ今、これほど「ビジネスと人権」が重要視されているのですか?

A.ESG投資の拡大やSDGsへの関心の高まりを受け、投資家や消費者が企業の人権への取り組みを厳しく評価するようになりました。自社内やサプライチェーン上での人権侵害は、不買運動や調達リスク、ブランド価値の毀損に直結します。また、優秀な人材を確保する上でも「選ばれる企業」であることは不可欠です。

同時に、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を基に、欧米では人権デュー・ディリジェンスを義務化する法制化が急速に進み、経産省もガイドラインを公表しました。
このように、人権尊重はCSRの範囲を超え、経営リスクの回避と企業価値の維持・向上に直結する、ビジネスの必須要件となっているのです。

Q3. 「人権デュー・ディリジェンス(人権デュー・ディリジェンス)」とは、具体的に何をすることですか?

A.人権デュー・ディリジェンスとは、企業が自社の事業活動やサプライチェーン全体で、人権への悪影響(強制労働、児童労働、差別、ハラスメント等)を特定し、それを防止・軽減し、対処するための一連の継続的なプロセスです。

具体的には、

  1. リスクの特定・評価(例:取引先の監査、現場調査)

  2. 防止・軽減策の策定と実行(例:行動規範の策定、研修、契約への反映)

  3. 取り組み効果の追跡・監視(モニタリング)

  4. 外部への情報開示(ステークホルダーへの報告)

  5. 救済メカニズムの整備(苦情処理窓口の設置など)
    といった活動が含まれます。

これは単なる法令遵守やCSRを超え、法規制対応、ESG投資、レピュテーションリスクの管理など、企業価値の維持・向上に直結する経営課題として対応が求められています。

Q4. 日本企業において、本当に人権リスクが存在するのか?一部の悪質な企業のみの問題では?

A.国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が示す通り、事業活動を行う以上、人権リスクがゼロの企業は存在しません。

これは一部の「悪質な企業」だけの話ではなく、一般的な日本企業でもハラスメントやサプライチェーン上の労働問題(技能実習生等)など、潜在的なリスクが顕在化し、大きく報道される事例が後を絶ちません。

現代の経営において「リスクはない」と主張することは、かえって実態を把握していない「不誠実な企業」とみなされ、信用を損なう要因となります。重要なのは、リスクの存在を否定することではなく、透明性を持って自社の課題を開示し、改善に向けて誠実に向き合う姿勢です。

Q.5. 取引先や株主にまだ何も言われていないのに、人権への取組みを進める必要があるのか

A.「何も言われていない」=「問題視されていない」と考えるのは危険です。むしろ、「指摘される前に、公開情報だけで静かに選別されている」と認識すべきです。

投資家や企業は、投資先やサプライヤーを選定する際、まず貴社のウェブサイトや統合報告書を確認します。そこで人権方針や取り組みの開示が見当たらない場合、問い合わせも警告もなく、最初から候補から外す(足切りする)ケースが一般的になりつつあります。

沈黙は「承認」ではなく、「既に検討対象外」と判断された結果かもしれません。見えない機会損失を防ぐためにも、外部から見える形での整備と開示が急務です。

Q.6. すでに「サステナビリティ方針」を掲げているのに、「人権方針」を策定しなければいけないのはなぜか

A.サステナビリティ方針は、企業の広範な方向性を示すものですが、人権尊重の具体的な行動指針としては不十分と見なされる恐れがあります。

「人権方針」は、国際基準(国連指導原則など)に基づき、自社が人権課題にどう取り組むかを対外的に約束する文書です。これがないと、理念を具体化できていないと判断されかねません。

また、近年は取引先がサプライヤーを選定・評価する際、「人権方針の有無」を重要なチェック項目としています。方針の策定は、ビジネス機会を確保し、ステークホルダーからの信頼を得るための必須条件となっています。

Q.7. SDGsやESG、CSRへの取組みと、人権への取り組みは何が違うのか

A.SDGsやESGが「企業価値の向上」や「社会課題の解決」といったプラスの成果を重視するのに対し、人権への取り組みは「権利侵害の防止」という守りの側面があります。

最大の違いは「不可逆性」と「網羅性」です。他の分野は総量での評価も可能ですが、人権は、たった一人でも侵害されれば、取り返しのつかない重大なリスクとなります。そのため、法務省が掲げる26項目をはじめ、あらゆる項目ですべての人を対象とした、抜け漏れのないリスクヘッジが不可欠です。「全体で良ければよし」ではなく、「一人たりとも見逃さない」厳格さが求められます。

Q.8. 人権デュー・ディリジェンスは、M&Aの際に行うデュー・ディリジェンスと何が違うのですか?

A.M&Aのデュー・ディリジェンスと人権デュー・ディリジェンスは、目的範囲が異なります。

一般的なM&Aのデュー・ディリジェンスは、投資判断のため、買収対象企業の財務や法務、事業上のリスクや価値を精査することが主な目的です。

一方、人権デュー・ディリジェンスは、自社およびサプライチェーン全体における企業活動が「人権に及ぼす負の影響」(強制労働、差別など)を特定・評価し、それを防止・軽減・是正するための継続的なプロセスです。

つまり、M&A デュー・ディリジェンスが「企業価値へのリスク」に着目するのに対し、人権デュー・ディリジェンスは「人権への影響」そのものに着目します。ただし、近年はM&A デュー・ディリジェンスにおいても、ESGの観点から対象企業の人権リスクを評価する(人権デュー・ディリジェンスの手法を取り入れる)ケースが増えています。

Q.9. 人権に関する方針を立てたり、調査をしても、実際に改善されなければ意味がないのでは?

A.ご指摘の通りです。方針策定や調査は「手段」に過ぎず、特定されたリスクを是正し、現場が改善されなければ、企業としての責任を果たしたことにはなりません。実態の伴わない活動は、逆に「人権ウォッシュ」と批判されるリスクすらあります。

だからこそ、担当部署任せにせず、取締役会がコミットし、経営資源を適切に配分することが不可欠です。単発の調査で終わらせるのではなく、是正措置の実行、追跡評価、そして情報開示へとつなげる継続的な改善サイクルを回し続けること。この「実行力」こそが、ステークホルダーからの信頼獲得における分水嶺となります。

Q.10. 人権デュー・ディリジェンスにあたって準拠すべき国内外の基準は何ですか?

A.人権デュー・ディリジェンスの実施において、最も中核となる国際基準は国連による「ビジネスと人権に関する指導原則」です。

国内では、これを踏まえて策定された日本政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(2022年9月)が、企業に期待される実務的な指針となります。

また、GRIスタンダード(特にGRI 400番台)は、デュー・ディリジェンスの実施状況や人権への影響をサステナビリティ報告書などで開示する際の国際的な基準として重要です。EcoVadisなどの評価機関も、「労働と人権」を主要な評価テーマとしており、サプライチェーン上の取引先からデュー・ディリジェンスの実施状況を評価される際の指標となります

Q.11. 欧州の法規制(EUのCSDDD法など)は、日本企業にも関係がありますか?

A.はい、大いに関係があります。EU域内に子会社を持つ企業や、EU域内での売上高が一定基準を超える日本企業は、CSDDD(企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令)の直接的な適用対象となる可能性があります。

また、直接の対象外であっても、EU企業と取引がある場合、そのサプライチェーンの一部として、取引先から人権や環境に関するデュー・ディリジェンスの実施や情報開示を求められる「間接的な影響」を受ける可能性が非常に高いです。

自社およびサプライチェーンへの影響を早期に把握し、対応を準備することが経営上の重要な課題となります。

Q.12. 人権デュー・ディリジェンスの推進体制は、サステナビリティ部門だけでよいですか?

A.人権デュー・ディリジェンスは、全社的な取り組みが不可欠な経営課題です。

特に経営企画部門は、人権リスクを全社的なリスクマネジメントや事業戦略に組み込む重要な役割を担います。経営層のコミットメント獲得や、人権方針の策定、全社横断的な体制構築を主導することが期待されます。

サステナビリティ部門は実務推進や情報集約を担うことが多いですが、法務、人事、調達、営業など関連部門を巻き込み、経営企画部門が司令塔として機能することで、実効性のある推進体制が実現します。

Q.13. 取締役会は、人権デュー・ディリジェンスにどう関与すべきですか?

A.取締役会は、人権デュー・ディリジェンスの最終的な監督責任を担います。

まず、人権方針を承認し、経営トップとしての人権尊重へのコミットメントを明確に打ち出すことが重要です。その上で、経営企画部などの実行部署に対し、人権デュー・ディリジェンス実施のための体制構築(予算・人員)を指示・支援します。

定期的に、特定された人権リスク、対応策の進捗、実効性評価について報告を受け、重要な意思決定を行います。また、人権報告書などで開示される情報が、ステークホルダーに対して適切かつ透明性をもって説明されているかを監督する役割も求められます。

Q14. 投資家評価(CHRB)で、日本企業は「取締役会の関与」のスコアが低い と聞きました。なぜですか?

A.CHRB(企業人権ベンチマーク)では、日本企業の「取締役会の関与」に関するスコアが国際的に低い傾向にあります。

主な理由として、多くの企業で人権問題が法務・サステナビリティ部門などの「現場マター」と捉えられ、取締役会レベルでの経営戦略課題としての認識や議論がまだ十分でないことが挙げられます。

欧米企業に比べ、取締役会が人権方針の承認だけでなく、人権デューディリジェンスの実施状況や重大なリスクへの対応を主体的に監督し、そのプロセスを情報開示する体制の整備が遅れているケースが多いのが実情です。ESGの中でも「人権」をガバナンスの重要マターとして組み込み、監督機能を強化することが喫緊の課題となっています。

Q15. 実行するための予算と人員が不足しています 。どう経営層を説得すればよいですか?

A.経営層には「コスト」ではなく「企業価値の土台を守る投資」として、人権デュー・ディリジェンスの必要性を説きます。

リスク回避の観点から、一度人権リスクが顕在化すれば、ブランド価値は大きく毀損し、信頼回復には莫大な時間とコストを要する点を強調します。これは事業継続に関わる重大な経営リスクです。

企業価値向上の観点からは、日頃から自社のリスクを正確に把握し、その取り組みの透明性を示すこと自体が、ESG評価を高め、投資家や取引先からの評価に直結すると伝えます。

「今、最低限の予算と人員を投じること」は、将来の深刻な損失を防ぎ、持続的成長の土台を固めるための、最も合理的な戦略的判断であると進言してください。

B. 人権方針の策定と運用編

Q.16. 「人権方針」には、具体的に何を盛り込むべきですか?

A.人権方針には、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が求める要件を盛り込む必要があります。具体的には、以下の5点が要件となります。

①企業の経営トップが承認していること

②社内関連部署、社外専門家からの情報提供

③関係者に対して期待する人権配慮の内容を明記

④一般に公開され、関係者に周知されていること

⑤企業全体の事業方針や手続きに反映されている

これらを明記し、方針の実効性を高める仕組みを構築することが重要です。

Q17. 人権方針の策定プロセスで、誰を巻き込むべきですか?

A.人権方針の策定には、実効性を担保するため、経営層の強力なコミットメントと関与が不可欠です。

社内では、法務・コンプライアンス(法的リスク)、人事(労働環境、ハラスメント)、調達(サプライチェーン)、CSR/サステナビリティ(推進事務局)など、人権課題と関連の深い部署を巻き込みます。

また、従業員代表や労働組合を通じて現場の声を反映させることも重要です。

さらに、客観性と専門性を担保するため、人権NGOなどの外部専門家や、場合によっては取引先や顧客といったステークホルダーの意見を取り入れることも有効です。全社的な取り組みとして推進体制を構築することが鍵となります。

Q18. 他社の人権方針を参考に、ほぼ同じ内容で作成しても問題ないですか?

A.他社の方針をそのまま流用することは、大きな問題があります。

第一に、人権リスクは業種、事業地域、サプライチェーンによって全く異なります。他社の方針が、貴社の固有のリスク(例:自社の労働環境、取引先のリスク)を適切にカバーしている保証はありません。

第二に、形式的な模倣は、投資家や顧客、従業員といったステークホルダーに対して「自社のコミットメント」として説明責任を果たせません。

他社事例はあくまで「参考」です。必ず自社の事業活動に即したリスク評価を行い、企業理念やサステナビリティ方針と連動して実効性のある独自の方針を策定してください。

Q19. 人権方針は、一度作れば終わりですか?

A.人権方針は、策定がゴールではなく、実効性を伴う「生きた文書」であるべきです。社会情勢の変化、国内外の法規制、自社の事業やサプライチェーンにおけるリスク、ステークホルダーの期待は常に変動します。

実際、近年の「ビジネスと人権」への関心の高まりを受け、多くの企業が社会の要請やリスク評価に基づき、方針の見直しや改定を継続的に行っています。

定期的なレビューと更新を通じて、方針を最新の状況に適応させ、実効性を高めていくプロセス自体が経営企画として重要です。

C. リスク評価(アセスメント)の実務編

Q20. そもそも、自社のどこに人権リスクがあるか、見当もつきません。どう特定すればよいですか?

A.まず「社内(ハラスメント、労働環境等)」と「社外(取引先、顧客等)」に大別します。

具体的な項目出しには、法務省が示す「人権課題の26類型」の活用が有効です。重要なのは、リスクは現場に潜んでいるという点です。

しかし、全社的なヒアリングはキリがありません。そこで、匿名性を担保したデジタルのサーベイを実施し、潜在的な課題を効率的に洗い出す手法が効果的です。

Q21. 「人権リスク評価」とは、「自社への(評判毀損などビジネス)リスク」を評価することですか?

A.「人権リスク評価」とは、自社へのビジネスリスク(評判毀損など)を直接評価するものではありません。

最も重要なのは、「人(ライツホルダー)にとってのリスク」、つまり自社の事業活動やサプライチェーンが、従業員・取引先・地域住民などの人権に及し得る「負の影響」を特定・評価することです。

ただし、ご指摘の通り、この「人へのリスク」を放置・見落とし、1件でも人権侵害が発生すれば、それは即座に自社への深刻な評判毀損、訴訟、不買運動といった「ビジネスリスク」に直結します。

したがって、まず「人へのリスク」を評価・対処することが、結果として自社のレピュテーションや持続可能性を守る(ビジネスリスクを管理する)ことにつながる、という関係性です。

Q22. 検討すべき「人権」とは、具体的に何を指しますか?

A.経営企画部として検討すべき「人権」とは、法律遵守(コンプライアンス)を超え、「国際人権章典」やILO「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」といった国際規範で認められた全ての権利を指します。

これには「強制労働」「児童労働」の禁止、「差別の撤廃」といった中核的労働基準に加え、安全衛生、労働時間、適切な賃金、プライバシーの権利、地域住民の権利(土地や水など)も含まれます。自社のみならず、サプライチェーン全体で影響を与えうる広範な権利が対象です。

Q23. 「ステークホルダーとの対話」が重要と聞きますが、誰と何を話せばよいですか?

A.人権デュー・ディリジェンスでの「ステークホルダーとの対話」では、まず「誰と」話すかが重要です。

対象は、事業の影響を受ける可能性のある人々(ライツホルダー)、例えば自社・サプライヤーの従業員、地域住民、移民労働者などです。また、人権NGO/NPOや労働組合も重要な対話相手です。

「何を」話すかですが、目的は事業活動による人権への負の影響(リスク)の実態や懸念を直接ヒアリングし、特定することです。さらに、その予防策や救済策について意見を求め、実効性を高めます。

Q24. リスクを特定した後、どう優先順位をつければよいですか?

Q.特定した人権リスクの優先順位付けは、「人権への負の影響の深刻さ」と「発生可能性(頻度)」の2軸で評価するのが一般的です。

特に重要なのは「深刻さ」の評価です。これは自社ビジネスへの影響ではなく、人(ライツホルダー)が受ける影響の大きさ(規模、範囲、是正困難性など)で判断します。

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」では、発生可能性が低くても、人権への影響が最も深刻なリスクから優先的に対処すべきとされています。これらをリスクマトリクスなどで可視化し、経営資源をどこから投下すべきか判断することが求められます。

Q25. リスク評価は、自社(本社)だけチェックすればよいですか?

A.いいえ、本社だけでは不十分です。人権リスクは、自社グループ(国内・海外拠点)だけでなく、サプライチェーン上の取引先(原料調達先、製造委託先、物流業者など)や、その他のビジネスパートナーといった、バリューチェーン全体に存在する可能性があるためです。

とはいえ、あらゆる関係者を一度に調査することは現実的ではありません。そのため、リスクが高いと想定される国・地域、業種、取引先などから優先順位をつけ、調査対象や範囲を年次で分けて段階的に評価・特定を進めていくことが一般的です。

Q26. リスク評価の具体的な方法(手法)が分かりません 。

A.リスク評価の具体的な手法として、アンケート(SAQ)や管理職によるワークショップも存在します。しかし、これらは自社の視点に偏りがちで、潜在的リスクの見落としや評価の妥当性に疑問が残る場合があります。

実効性を高めるには、外部の専門家(コンサルタント、弁護士、NGO等)の知見を適切に活用することが不可欠です。専門家と協働し、サプライチェーン調査、現地ヒアリング、データ分析、ステークホルダー対話などを組み合わせることで、客観的で精度の高いリスク特定と評価が可能になります。

Q27. 管理職クラスのみで人権のリスク特定をすることに問題はありますか?

A.はい、重大な問題があります。管理職の視点だけでは、現場やサプライチェーンの実態から乖離し、リスクの正確性や網羅性に欠けるためです。

特に、管理職は構造上、長時間労働やハラスメント等の人権侵害を(意図せずとも)引き起こしやすい立場にあります。当事者のみで評価を行うと、リスクの過小評価や隠蔽につながりかねず、プロセスの透明性を担保できません。

実効性ある特定のためには、従業員組合、現場の従業員、外部専門家など、影響を受ける可能性のあるステークホルダーの視点を取り入れることが不可欠です。

Q28. 事業領域が広く、対象となるサプライヤーをあげるとキリがないのですが、どうすべきですか?

A.全てのサプライヤーを網羅するのは非現実的です。「リスクベース・アプローチ」による優先順位付けが鍵となります。

まず、サプライチェーン全体を可視化し、人権侵害の「起こりやすさ(リスクの蓋然性)」と「深刻度」の観点で評価します。具体的には、①調達カテゴリ(例:原材料、労働集約的な製造委託)、②国・地域(例:紛争地域、法規制の弱い国)、③取引額の大きさなどで分類し、リスクが高い領域を特定します。

いきなり全体を追うのではなく、特定した「高リスク群」から優先的にデュー・ディリジェンスを開始することが、現実的かつ効果的な第一歩です。

Q29. 社内の部門やグループ企業の事業会社のように、事業内容や組織体制が異なる場合は、各所に最適な人権デュー・ディリジェンスの方法があるのか

A.はい。事業内容や組織体制が異なれば、人権リスクの顕在化しやすい箇所(例:サプライチェーン、労働環境)も異なります。そのため、各所の特性に合わせたフォーカス調査は効果的です。

ただし、取り組むべき人権の類型自体は普遍的であり、全社共通の評価基盤として機能します。むしろ、その共通基盤の上で各部門やグループ会社の状況を比較・分析することで、組織全体での相対的な立ち位置や優先課題を把握することが重要になります。

Q30. エンゲージメントサーベイと人権デュー・ディリジェンスサーベイは何が違うのか

A.エンゲージメントサーベイと人権デュー・ディリジェンスサーベイは、目的と焦点が根本的に異なります。

エンゲージメントサーベイは、ご認識の通り、主に自社従業員を対象とし、企業理念への共感や仕事へのやりがい、組織への愛着度といった関係性を測定します。目的は、従業員のモチベーションや生産性、定着率の向上にあります。

一方、人権デュー・ディリジェンスサーベイは、従業員に加え、サプライチェーン上の労働者なども対象に含み、人権侵害のリスク(強制労働、差別、ハラスメント等)を特定・評価するために実施されます。これは、企業活動が人々に与えうるリスクに焦点を当て、それを防止・軽減する企業の責任を果たすための調査です。

Q31. ストレスチェックサーベイと人権デュー・ディリジェンスサーベイは何が違うのか

A.ストレスチェックサーベイと人権デュー・ディリジェンスサーベイは、法的根拠と目的が異なります。

ストレスチェックは、日本の労働安全衛生法に基づく義務(従業員50名以上)です。目的は、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。調査対象は原則として自社従業員であり、健康管理が焦点です。

一方、人権デュー・ディリジェンスサーベイは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」などに基づき、企業が自主的に行う取り組みです。自社のみならず、サプライチェーン上の労働者なども対象に含み、強制労働、差別、ハラスメントといった広範な人権侵害リスクを特定・評価します。影響を受ける人々(ライツホルダー)への負の影響を防ぐ社会的責任を果たすことが目的です。

Q.32. 国内企業ではどのような人権が問題となりやすいのか

A.国内企業で特に問題となりやすい人権課題は、大きく2つに分類されます。

1つは、自社従業員に関するリスクです。具体的には、長時間労働、ハラスメント(パワハラ、セクハラ等)、男女間の賃金格差や多様性(DE&I)に関する差別的取り扱いです。

もう1つは、サプライチェーン上のリスクです。特に、外国人労働者や技能実習生の強制労働や劣悪な労働環境、下請けへの不公正な取引が、自社の評価に直結する問題として重視されています。

Q33. 人権デュー・ディリジェンスの実態調査と制度調査とは何が違うのか

A.制度調査(仕組みの評価): 人権方針、関連規程、サプライヤー行動規範、通報窓口の設置状況など、人権リスクを予防・管理するための「仕組みやルール(制度)」が整備されているかを評価します。いわば、リスク管理の「骨格」の確認です。

実態調査(運用の評価): 制度が現場で意図した通りに機能しているか、また制度の有無に関わらず、ハラスメントや長時間労働、差別などが「実際に発生していないか」を、従業員サーベイやヒアリング、現地監査などで確認します。

制度(あるべき姿)と実態(現実)のギャップを把握するために、両方の調査が理想的です。

Q34. 人権デュー・ディリジェンスの調査は毎年行わなければいけないのか、どのくらいの期間で行うのが一般的か

A.人権デュー・ディリジェンスの実施頻度について、日本国内法での「毎年」といった法的な義務はありません。

しかし、人権リスクは事業環境やサプライチェーンの変化に伴い常に変動します。国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」が求めるのも、一回限りの調査ではなく、継続的なプロセスです。

実務上は、初回に全体的なリスク評価を行い、その後は特定したリスクの深刻度に応じて対応するのが一般的です。例えば、高リスク分野(特定の国やサプライヤー)は毎年モニタリングし、中~低リスク分野は2~3年ごとに評価を見直すなど、強弱をつけたアプローチがとられています。

D. サプライヤー・エンゲージメントと課題編

Q35. サプライヤーへのアンケート(SAQ)を送付しましたが、全く返ってきません。回収率を上げるには?

A.SAQの回収率向上には、「なぜ答える必要があるか」の動機付けが不可欠です。

まず、人権方針に基づく貴社のコミットメントを明確に伝え、サプライヤーに協力を要請する背景(法的要請、経営方針等)を説明します。回答が今後の取引条件や評価の一部となる可能性を示唆するのも一案です。

次に、設問数の精査(必須項目への絞り込み)と回答負担の軽減(伝わりやすい文言、選択式)も重要です。送付先の適正化、丁寧なリマインド、場合によってはオンライン説明会の開催など、事務局側の積極的な働きかけが鍵となります。

Q36. 取引先に人権尊重の重要性を理解してもらえない場合、どのような対応が可能ですか?

A.まずは粘り強い対話が基本です。自社の人権方針や調達ガイドラインを明確に示し、なぜ人権尊重が国際規範(例:ビジネスと人権に関する指導原則)や国内外の法規制上重要なのか、その背景と期待を具体的に説明します。

次に、人権侵害の放置が取引先自身の事業リスク(評判毀損、法務リスク、取引継続の困難化)にも直結しうる点を伝えます。

理解だけでなく実行面で課題がある場合は、是正に向けた支援として、研修機会の提供や優良事例の共有なども検討します。

こうした対話や支援を尽くしても、深刻な人権侵害が是正されない場合は、現地への影響を慎重に評価した上で、新規取引の見送りや段階的な関係縮小、最終的な取引停止も検討する必要があります。

Q37. 取引先に人権に関する問題が見つかった場合、どのように対応すべきですか?

A.取引先に人権問題が発覚した場合、即時の取引停止は慎重に判断すべきです。取引停止が、現地の労働者など影響を受ける人々(ライツホルダー)の状況をかえって悪化させる可能性があるためです。

まずは事実関係を正確に把握し、取引先との対話を開始してください。問題を共有し、具体的な是正措置計画の提出を求めます。

企業には、取引関係を通じて問題解決に影響力を行使することが期待されています。必要に応じて是正を支援しつつ、改善状況を継続的にモニタリングします。対話を尽くしても是正が見られない場合や、極めて深刻な人権侵害である場合に、最終手段として取引の停止を検討します。

Q38. サプライヤーや取引先に人権に関する調査を行うことで、「相手を信頼していない」というメッセージを送ることにならないか

A.人権に関する調査は「不信」の表明ではなく、国際的な要請(指導原則等)に基づく「責任ある調達」のための標準プロセスです。

目的は、取引先を一方的に評価することではなく、自社の事業活動に関連するサプライチェーン上の人権リスクを「共に」把握し、予防・軽減することにあるということを伝えましょう。これは、自社のレピュテーション・リスク管理上も不可欠です。

むしろ、人権課題に共に取り組む「協働」の第一歩と位置づけ、調査の趣旨を丁寧に説明し、対話することが持続可能な関係構築につながります。

Q39. サプライヤーの2次、3次取引先まで遡って調査する必要がありますか?

A.すべての2次、3次取引先を一度に網羅的に調査するのは現実的ではありません。

しかし、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」では、自社の影響が及ぶバリューチェーン全体が責任の範囲とされています。

そこで重要なのが「リスクベース・アプローチ」です。すべての取引先を均一に調査するのではなく、まず人権侵害の可能性が特に高い業種、地域、または1次取引先の調達状況などを分析し、優先順位をつけます。その上で、最も深刻なリスクが潜むと特定された領域(ハイリスクな2次、3次取引先)から優先的に、段階を追って調査・対応を進めることが求められます。

Q40. サプライヤー調査は、海外(特に途上国)だけでよいですか?

A.いいえ、国内のサプライヤー調査も不可欠です。人権リスクは「途上国だから高い」と一概に言えるものではなく、日本国内を含む先進国にも存在します(例:外国人技能実習生、請負労働者、長時間労働、ハラスメント等)。

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」は、特定の地域に限定せず、全サプライチェーンを対象とした人権デュー・ディリジェンスを求めています。地理的な思い込みで判断せず、国内取引先も含め、リスク評価に基づいて調査の優先順位をつけることが重要です。

Q41. 人権方針と、既存の「調達方針」はどう連動させればよいですか?

A.人権方針は、調達方針を含む全社の企業活動の基盤となる最上位の方針、あるいは全ての方針を貫く横串しと位置づけられます。

連動させるには、まず人権方針で特定したサプライチェーン上の人権リスク(強制労働、児童労働、差別、安全衛生など)への対応コミットメントを、既存の調達方針に明確に反映させます。

具体的には、調達方針自体を改定するか、あるいは調達方針に紐づく「サプライヤー行動規範」を策定・改定し、取引先に期待する人権尊重の基準(例:国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の支持)を明記します。さらに、サプライヤーの選定、契約、監査といった調達プロセス全体で、その基準への準拠を評価・モニタリングする仕組みを組み込むことが重要です。

Q42. 初年度、自社内のデュー・ディリジェンスから始めるのが一般的か、サプライヤーのデュー・ディリジェンスから始めるべきか

A.貴社の事業特性や人権リスクが顕著な領域に応じて、着手しやすい方から進めるのが現実的です。

例えば、製造業などで既存の取引先監査の仕組みがある場合、それを活用してサプライヤーデュー・ディリジェンスから始める方が効率的です。一方、ITやサービス業など「人」が主要な資本である企業では、まず自社内(長時間労働、ハラスメント、契約形態等)のリスク特定から始める方が、実態に即していると言えます。

Q43. 自社が人権への取り組みが万全であるとは言えないので、それを棚に上げてサプライヤーにサーベイを送付することに気が引ける

A.お気持ちはよく分かります。確かに自社の体制が万全でない中で、取引先に調査を依頼するのはためらわれるかもしれません。

しかし、サプライヤー調査の目的は、取引先を「評価」したり「棚に上げ」たりすることではありません。目的は、サプライチェーン全体に潜在する人権リスクを把握し、取引先と協働してそのリスクを予防・軽減することにあります。

国際的な基準(ビジネスと人権に関する指導原則)では、自社の取り組みと並行して、取引関係を通じた人権への負の影響(サプライチェーン上のリスク)に対処することも求められています。

自社も取り組みの途上であることを率直に伝えつつ、「対話の第一歩」としてリスク把握への協力を丁寧に依頼することが重要です。

Q44. 海外のサプライヤーと取引があったり、自社内の事業部が海外にある場合、どのように人権デュー・ディリジェンスを行うのか

A.海外拠点やサプライヤーへの人権デュー・ディリジェンスも、国内のプロセス(特定・評価・防止・軽減・救済)と基本は同じです。

まず、国際機関の情報などから、対象国・地域のカントリーリスク(強制労働、児童労働、低賃金、差別など)を特定します。次に、現地拠点やサプライヤーに対し、書面調査(SAQ:自己評価質問票)を送付し、リスクの顕在化状況を確認します。

物理的・言語的な障壁があるため、書面調査だけでは限界があります。そのため、リスクが高いと判断された拠点や主要取引先に対しては、第三者機関による現地監査や、現地のNGO・労働組合といったステークホルダーとの対話を組み合わせて実態を把握します。

全対象に一度に行うのは難しいため、影響が深刻な地域や取引から優先順位をつけるリスクベース・アプローチが現実的です。

Q45. 海外への支援体制が気になる。各国・地域でいろんな法律があってどう対応すればいいのか。

A.海外の多様な法規制への対応は、まず国連「ビジネスと人権に関する指導原則」等の国際基準をグループ共通の基盤に据えることが重要です。

その上で、ドイツの「サプライチェーンデュー・ディリジェンス法」や米国の「ウイグル強制労働防止法」など、人権デュー・ディリジェンスを義務化する各国の法規制を把握し、遵守する必要があります。

具体的な支援体制としては、本社が主導し、専門家と連携して各国の法規制やリスク情報を収集・分析することが不可欠です。また、本社と海外拠点が連携し、現地の従業員や取引先が利用できる多言語対応の通報窓口(グリーバンスメカニズム)を整備・運用することが、リスクの早期発見と実効性のある支援体制の核となります。

E. 是正、救済、追跡調査編

Q46. 「苦情処理メカニズム(救済窓口)」は、既存の内部通報窓口(ヘルプライン)と何が違うのですか?

A.両者は目的、対象者、対象範囲が異なります。

既存の内部通報窓口(ヘルプライン)は、主に自社従業員を対象とし、公益通報者保護法などに基づき、法令違反や社内不正の早期発見と是正(コンプライアンス)を目的としています。

一方、「苦情処理メカニズム(救済窓口)」は、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、従業員だけでなく、サプライチェーンの労働者、地域住民、顧客など、事業活動によって影響を受けるすべての人々(ライツホルダー)を対象とします。

目的は、差別、ハラスメント、強制労働といった広範な人権侵害の苦情を受け付け、対話を通じて「救済」(原状回復、補償、再発防止など)を提供することにあります。既存窓口の機能拡充で対応可能ですが、この「救済」の視点が不可欠です。

Q47. 救済窓口を作りましたが、全く通報・苦情がきません。良いことですよね?

A.必ずしも「良いこと」とは言い切れません。もちろん人権侵害が発生していないのが理想ですが、現実には通報がゼロである場合、「問題が潜在化している」可能性を疑う必要があります。

通報がない理由として、

①窓口の存在が従業員や取引先(サプライチェーン含む)に十分に認知されていない。

②「通報しても適切に対応してもらえない」「通報者が特定され不利益を被るのでは」といった信頼性の欠如。

③利用手続きが複雑でアクセスしにくい。 などが考えられます。

救済窓口(苦情処理メカニズム)は、人権への負の影響を早期に発見し対処するための重要な仕組みです。窓口の実効性を高めるため、定期的な周知と信頼性・安全性の担保(匿名性の確保、報復の禁止明記など)が不可欠です。

Q48. 「是正」とは具体的に何をすることですか?

A.人権分野における「是正(Remediation)」とは、企業活動が引き起こした、または助長した人権への負の影響(例:ハラスメント、差別、長時間労働)を停止させ、影響を受けた人々(ライツホルダー)の救済を図るプロセス全体を指します。

単なる「修正」や「再発防止」だけでなく、被害者を可能な限り影響を受ける前の状態に戻すことが目的です。

具体的な行動としては、以下のようなものが含まれます。

Q49. 「監査権」がない場合でもサプライヤーに是正措置(改善計画)を要求することはできますか?

A.はい、要求できます。

法的な「監査権」が契約になくても、「CSR調達方針」や「取引基本契約」に人権尊重の条項があれば、それを根拠に是正を求めることが可能です。

近年の人権デュー・ディリジェンス(人権デュー・ディリジェンス)では、企業はサプライチェーン全体の人権リスクに対し、その負の影響を防止・軽減する責任を負います。

監査(立ち入り)ができなくても、アンケートや外部情報などでリスクを把握した場合、その是正(改善計画の提出)を求めることは、人権デュー・ディリジェンスのプロセスとして不可欠です。一方的な要求ではなく、対話を通じて、サプライヤーと協力して改善を進める姿勢が実効性を高めます。

F. 情報開示とステークホルダー対応編

Q50. 統合報告書やサステナビリティレポートで、どのレベルまで人権リスクに関する開示する必要がありますか?

A.統合報告書などでの人権リスク開示は、特定された「主要な人権リスク」(例:サプライチェーンでの強制労働、ハラスメント等)と、それらを特定したプロセス(人権デュー・ディリジェンス)、そしてリスクへの「対応策」をセットで示すのが一般的です。

重要なのは透明性です。単に「リスクはありません」とするのではなく、顕在化したリスクや潜在的なリスクを誠実に開示することが求められます。

その上で、「リスクをいつまでにどう改善するか」という具体的な改善目標と、それを達成するための手順(アクションプラン)を明らかにすることが、ステークホルダーからの信頼獲得に繋がります。

Q51. アセスメントで特定した人権リスク(例:〇〇地域で強制労働リスクを特定)を開示すると、ESG評価が下がるのではないかと心配です。

A.ご懸念はもっともです。しかし、近年のESG評価機関や投資家は、リスクを隠すことよりも、特定できていないこと特定しても対処しないことを重大なリスクとしてネガティブに評価します。

強制労働リスクの特定・開示は、むしろ「自社が人権デュー・ディリジェンスを適切に実施し、リスクを把握・管理しようとしている」というガバナンス体制の表れとして評価される傾向にあります。

重要なのは、特定したリスクに対し、どのように防止・軽減策を講じているか(または計画しているか)をセットで開示することです。透明性のある情報開示と真摯な取り組み姿勢が、中長期的にはESG評価の信頼につながります。

Q52. 投資家(特に海外のESG評価機関)は、開示の「何」を評価していますか?

A.投資家や海外ESG評価機関は、単なる方針の有無(Policy)から、具体的な実行プロセス(Process)と実績(Performance)の評価に軸足を移しています。

特に重視するのは、

①重要課題(マテリアリティ)の特定:自社事業に固有のリスクを特定しているか。

②デュー・ディリジェンスの実行:特定したリスクに対し、どう防止・軽減策を講じているか。

③ガバナンス:取締役会が監督・関与しているか。

④実績データ(KPI):救済メカニズムの運用件数や研修実績など。

「理念」だけでなく、リスクを管理する「仕組み」と「結果」を、国際基準(SASB等)に沿って透明性高く開示することが求められます。

Q53. 統合報告書の中で、人権の取り組みをどう「企業価値」に結びつけて説明すればよいですか?

A.人権への取り組みは、「リスク低減(価値毀損の防止)」と「価値創造」の両面から企業価値に直結すると説明します。

まず「リスク低減」の側面では、サプライチェーン上の人権侵害に起因する調達不安・操業停止リスクや、法令違反・不買運動によるレピュテーション(評判)リスクを予防・低減する効果を強調します。

次に「価値創造」の側面では、ESG投資の呼び込み、優秀な人材の獲得・定着(人的資本の充実)、多様な人材が活躍することによるイノベーションの創出に貢献することを示します。

自社のマテリアリティ(重要課題)と人権課題を紐づけ、具体的な取り組みと進捗(KPI)を簡潔に示すことが説得力を高めます。

Q54. 開示で「やってはいけない」こと(ネガティブ評価されること)は?

A.人権開示で最もネガティブに評価されるのは、具体性の欠如と「ポジティブな取り組み」への偏重です。

「人権を尊重する」という総論や、社会貢献活動のアピールだけでは不十分です。投資家やNGOが求めているのは、自社の事業やサプライチェーンに潜む人権リスク(負の側面)を特定し、そのリスクをどのように管理・低減しているか(デュー・ディリジェンスのプロセス)の具体的な説明です。

リスクの特定・評価プロセスが不明瞭だったり、特定したリスクへの対応が何も書かれていなかったりする開示は、「実態を伴わない」と判断されます。

Q55. 開示は、「発生可能性」×「深刻度」のマトリックスを使用するのが一般的ですか?

A.「発生可能性」×「深刻度」のマトリックスは、英国政府ガイダンスやOECD、経産省の指針でも推奨される一般的かつ標準的な手法です 。しかし、これが人権DDにおける「唯一の正解」ではありません。

人権リスクは「隠蔽される」性質を持つため、単なる発生確率で評価すると、企業が「把握できていない(見えていない)」リスクを「発生可能性が低い」と誤って過小評価する危険性があります 。  

そのため、先進的な開示においては、単純な発生確率の代わりに、サプライチェーンの「可視性(Visibility/理解度)」を軸に据えて「データがないこと自体が高リスク」と定義したり 、自社の「影響力(Leverage)」を軸にして対応の優先順位を示す など、評価軸を実態に合わせてアップデートする動きが推奨されています。

Q56. 情報開示の最終的な目的は何ですか?

A.情報開示の最終目的は、投資家、顧客、従業員などの多様なステークホルダーに対し、自社のアカウンタビリティ(説明責任)を果たし、深い理解と信頼を構築することです。

透明性の高い開示を通じて、経営戦略、財務状況、ESGの取り組みやリスクを明確に伝えることで、ステークホルダーは十分な情報に基づいた意思決定(投資、取引、就職など)が可能になります。

その結果、企業は市場から適正な評価を受け、資金調達の円滑化、ブランド価値向上、優秀な人材獲得といった持続的な企業価値向上を実現できます。単なる情報提供に留まらず、信頼を基盤とした建設的な対話を促すことが本質です。

Q57. 人権に関する開示はどこまで義務付けられているのか。

A.現状、欧州のような人権デュー・ディリジェンスの実施や開示を直接義務付ける法律は日本にはありません。

しかし、2023年3月期決算から、上場企業は有価証券報告書において「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、開示が義務化されました。この中で「人的資本、多様性」に関する記載が必須となり、「労働慣行」(児童労働・強制労働の防止など)の項目で人権関連の開示が求められます。

また、東証のコーポレートガバナンス・コードも、人権尊重を含むサステナビリティ課題への対応と開示を要請しています(Comply or Explain)。法的義務は限定的ですが、投資家や市場からの要請は急速に強まっており、実質的な開示圧力は年々高まっています。

Q58. 英国現代奴隷法は日本企業も対象となるのか

A.はい、対象となる可能性があります。

英国現代奴隷法は、国籍を問わず、英国で事業(全部または一部)を行い、かつ全世界での年間売上高が3,600万ポンド(約70億円)を超えるすべての企業に適用されます。

日本企業であっても、英国に子会社や支店がある場合や、英国で一定規模以上のビジネスを行っている場合は、この基準に該当する可能性が高いです。

対象企業は、自社の事業およびサプライチェーンにおける奴隷労働・人身取引のリスクと、それらを防止するために講じた措置について、毎年度「奴隷労働及び人身取引に関する声明」を作成・公表する義務を負います。経営企画部としては、自社が対象となるか、またサプライチェーン全体の把握とリスク評価体制が整っているかを確認する必要があります。

Q59. グループとして英国現代奴隷法の条件を満たしているが、現地法人がステートメントを公表していれば本社は対応せずとも問題ないのか

A.結論:現地法人任せは重大なリスク。本社の対応要否は「子会社の独立性」が争点

結論から申し上げますと、「英国の現地法人が声明を公表している」という事実だけでは、日本の親会社(本社)がMSAの義務を免れることにはなりません 。

親会社の対応が法的に「不要」と判断される可能性があるのは、英国子会社が上記の「完全に独立して」いるケース、すなわち以下のような条件を満たす場合です。


①「純粋な投資」である場合: 親会社が英国子会社を純粋な投資先(ポートフォリオ)として保有しており、配当を受け取る以外、その事業運営に一切関与していない。

②事業上のシナジーがない場合: 親会社本体の事業(例:日本の通信事業)と、英国子会社の事業(例:英国の不動産管理)が全く異なり、ブランドの共有、戦略の連携、経済的な相互依存関係が一切ない。

現実の多くのホールディングス体制において、子会社が親会社から「完全に独立して」いるケースは稀です。以下のいずれかの条件に当てはまる場合、親会社は「英国で事業を遂行している」と見なされるリスクが非常に高くなります。

条件1:子会社が「親会社の事業の一部」を形成している場合 英国子会社が、親会社のグローバル戦略(例:地域の統括本部、グローバルな販売網の一部)として機能している場合。

条件2:子会社が「親会社の指示」で動いている場合 英国子会社の経営陣が日本の本社に報告し、本社の指示や経営方針に基づいて事業を運営している(=自律的・独立的に運営されていない)場合。

条件3:親会社と子会社の間に「経済的関与」がある場合、Withers法律事務所の分析(英国贈収賄法に関するSFO長官の見解)が参考にになります。 SFO(重大不正捜査局)の長官は、裁判所が判断する基準として「経済的関与(economic engagement)」を挙げています。 例えば、親会社が子会社にブランド(社名)の使用を許可している、親会社のサービスや製品を英国子会社が販売している、親会社が子会社に融資や債務保証を行っている、といった実質的な経済的関与があれば、それは「事業を遂行している」兆候と見なされる可能性があります。

Q60. 「健康優良企業」を取得しているが、加えて人権DDをする必要があるのか

A.はい、人権デュー・ディリジェンスは別途実施する必要があります。

「健康優良企業」認定は、主に従業員の健康保持・増進(健康経営)に焦点を当てた取り組みです。これは人権尊重の重要な一部(安全で健康な労働環境)ではあります。

しかし、人権デュー・ディリジェンスは、自社のみならず、サプライチェーン全体における強制労働、差別、ハラスメント、地域住民への影響など、より広範な人権課題への負の影響を特定・評価し、防止・軽減・是正する継続的なプロセスです。

健康経営の取り組みは人権デュー・ディリジェンスと一部重なりますが、国内外の要請やビジネスリスク(レピュテーション、法務、調達)に対応するためには、健康経営とは別に、包括的(法務省26類型)な人権デュー・ディリジェンスの仕組みを構築・運用することが不可欠です。

とはいえ、実際に行うとなれば調査の内容や方法が専門的で難しいと感じられるかもしれません。
国連や経済産業省においても、必要に応じて第三者の支援を受けることを推奨しています。


株式会社リンクソシュールでは人権DDデジタルサーベイによって、網羅的なリスク評価・効率的な全数調査・本質的なリスクの根本解決で、実効性の高い人権デュー・ディリジェンスを実現をご支援してします。
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