
現代の企業活動において避けて通れないのが、人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施です。これは、企業がリスクを特定、予防・軽減・是正するプロセスです。グローバルな規範に対応し、社会的責任や取引先からの要望を果たすため、人権DDの重要性は急速に高まっています。本記事では、そもそも人権DDとは何なのか、2025年度から2026年度にかけてどのような対応が必要であるのかを簡単に解説します。
人権デュー・ディリジェンスの基本
そもそも人権デュー・ディリジェンスとは?
人権デュー・ディリジェンス(HumanRightsDueDiligence、以下「人権DD」という)は、企業が事業活動とサプライチェーンを通じて直面する人権に関連するリスクを特定、評価し、それらを防止または軽減するための措置を講じ、その効果をモニタリングするプロセスです。
具体的には、人権DDの第一歩と企業が関与している、又は関与し得る人権侵害リスクの特定・評価を行う必要があります。具体的には、自社・グループ会社、サプライヤー等における人権侵害リスク(実際に発生している人権侵害と、生じる可能性のある人権侵害の双方を含みます)を確認し、確認された人権侵害リスクの評価を行います。(経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」2023)このプロセスは、問題が発覚した際の対処だけでなく、リスクの予防的管理を目的としています。
企業にとっての人権DD
企業活動における人権の重要性は、単に法的なコンプライアンスを超えたものです。ビジネスがグローバル化する現代において、企業は多様な文化や法体系の中で活動しており、その事業が人権に悪影響を与える可能性があります。
人権DDを適切に実施することは、企業の社会的責任(CSR)を果たし、企業の持続可能な成長を支えるリスクマネジメントに不可欠です。また、人権への取り組み姿勢、実態を適切に開示することが投資家や消費者、ビジネスパートナーからの信頼を得るための重要な要素となっています。
国際的にも注目される人権DD
国際的な枠組みや各国の法規制においても、人権DDの重要性が強調されており、企業にはこれを適切に実行する法的な義務が課されることが増えています。
例えば、欧州連合では企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)が2024年に施行されました。、企業には自社およびバリューチェーンへの悪影響を特定・評価し、それを防止・軽減・是正するプロセスを構築・実行する義務が課されています。人権DDの歴史的背景

出典:三菱総合研究所https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20230119.html
人権問題とビジネスの関連性
人権問題がビジネスと関連してきた歴史は、産業革命に遡ります。その頃、労働者の権利侵害が顕著で、長時間労働、児童労働、安全でない労働環境などが問題視されました。これらの問題は、企業活動が個人の人権にどのように影響を与えうるかを示す初期の例です。
20世紀に入ると、国際的な人権規範が形成され、ビジネスにおける人権尊重の重要性が高まりました。
国際的な枠組みの形成
特に第二次世界大戦後、国際連合が設立され、1948年の「世界人権宣言」をはじめとする一連の国際人権条約が制定されました。これらの文書は、すべての人が享受すべき基本的権利を定義し、国家だけでなく企業にもそれを尊重する責任があることを示唆しています。
1990年代に入ると、企業のグローバル化が進み、発展途上国での労働問題や環境破壊が国際的な注目を集めるようになりました。これに応える形で、国連は2000年に「国連グローバルコンパクト」を発表し、企業が自発的に人権を尊重することを促す枠組みを設けました。
法規制の進展
21世紀に入ると、企業による人権侵害への対策が一層強化される必要があるとの認識から、国連は「ビジネスと人権に関する指導原則」(UNGPs)を2011年に採択しました。
これを基に、各国は国別行動計画(NAP)や「英国現代奴隷法」のようなハードローを整備するきっかけとなりました。
日本企業に求められる「英国現代奴隷法(2025年改定)」への対応
「英国現代奴隷法」は単に人権方針を公表するだけでなく、自社およびサプライチェーンにおける現代奴隷・強制労働のリスクをどのように特定し、どのような段階的取組(step)で低減しているかを明示することを求めています。対象となるのは、英国で事業を行っている(英国法人を必要としない)、売上高3,600万ポンド、(約70億円)以上の企業で、基準を満たしていない場合は行政指導を受ける可能性があります。
2025年の改定ガイダンスでは、単なる理念の提示ではなく、実際のデューデリジェンスの実施内容とその成果を、組織構造・方針・リスク評価・研修・効果測定といった観点から具体的に開示することが推奨されています。
詳しくは~の記事をご覧ください
現代における人権デュー・ディリジェンスの重要性

欧米の動向
欧州連合(EU)では、企業が人権や環境への悪影響について、デュー・ディリジェンスを実施すること自体が法的に義務付けられています。2024年に施行された企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)は、EU域内企業だけでなく、一定の売上基準を満たすEU域外企業(日本企業を含む)も直接の対象となり、違反した場合は損害賠償請求の対象となる可能性があります。
また、アメリカでは「ウイグル強制労働防止法」が施行され、中国の新疆ウイグル自治区における強制労働の懸念に対応して、強力な輸入規制が実施されています。実際に、日本企業もこの制裁対象企業との関与が推定され、輸入差し止めの措置が講じられました。
日本国内の取り組みと法規制の現状
日本では、国際的な人権尊重の動向に沿って、政府が2020年に「ビジネスと人権に関する国家行動計画(NAP)」を策定しました。法務省や経産省は企業の対応を示唆するガイドラインを公表しています。
しかし、日本における人権DDの法的義務化はまだ始まっておらず、投資家や取引先などのステークホルダーを意識した企業の自主的な取り組みが中心となっています。企業による自発的な報告や透明性の向上が促されているものの、他国に比べると法的枠組みの整備は遅れている状況です。
実際、企業の人権尊重ベンチマーク(CHRB)のスコアでも、日本企業が他のグローバル企業よりも評価が低い傾向にあります。

(CHRBレポート2017年、2019年、2020年、2023年よりシンクソシュール作成)企業が取り組むべき人権DDの実践方法
日本政府の人権デュー・ディリジェンス・ガイドラインに従い、企業は「人権方針の策定」「人権デュー・ディリジェンスの実施」「救済手段の確立」の三つの主要な取り組みを行うことが求められています。

(経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」をもとにリンクソシュール作成)
人権方針の策定
人権方針とは、企業が考える自社の人権の基本的な方針のことを指します。ここでは、以下の5つの要素が重要です。
経営陣による承認
人権方針は、企業のトップを含む経営陣によって承認されている必要があります。これにより、組織全体に対して方針が最上位レベルからのサポートを受けていることが保証され、方針の優先度が高まります。
専門的な情報と知見の参照
方針策定時には、企業内外の専門的な情報や知見を参照することが推奨されます。これにより、最新かつ効果的な人権尊重のアプローチが取り入れられ、広範囲にわたるステークホルダーのニーズに応じたものとなります。
関係者への期待の明記
従業員、取引先、その他事業活動に直接関わる全ステークホルダーに対して、企業が期待する人権尊重のスタンダードを明確に記載します。これは、具体的な行動規範を示すことで、一貫した人権尊重の姿勢を確立するためです。
公開と周知
策定された人権方針は一般に公開され、社内外のすべての関係者に対して広く周知されます。公開することで透明性が保たれ、周知によって方針の理解と実施を促進します。
事業方針と手続きへの反映
人権方針は、企業の事業方針や手続きに具体的に反映される必要があります。これにより、日常的な業務の中で人権尊重が根付き、方針が実際の業務運営において効果的に機能するようになります。
人権DDの実施
人権DDを実施する際には、「負の影響の特定と評価」「負の影響の防止と軽減」「取組の実効性の評価」「説明と情報開示」のステップが重要です。
負の影響の特定と評価
企業は、事業活動における人権に対する負の影響を特定し評価します。このプロセスには、直接または間接的に影響を受ける可能性のある個人やコミュニティの識別、影響の程度と範囲の評価が含まれます。
負の影響の防止と軽減
特定されたリスクに対して、企業は防止または軽減するための措置を講じます。これには、内部の管理体制の見直し、業務プロセスの改善、サプライチェーンにおける監査の強化などが含まれます。
取組の実効性の評価
講じた措置の効果を定期的に評価し、その成果を内部的にも外部的にも報告します。実効性の評価は、人権尊重の取り組みが適切に機能しているかを測るために重要です。
説明と情報開示
企業は、実施した人権デュー・ディリジェンスのプロセスとその結果について説明し、これを公開します。透明性を保つことはステークホルダーからの信頼を得る上で重要です。
救済措置の提供
企業は、自身の活動が原因で人権侵害が発生した場合に備え、効果的な救済措置を提供します。これには、申し立ての受付や苦情解決プロセスの設計、迅速な対応が含まれます。救済措置は、被害者がアクセスしやすいものでなければなりません。
まとめ
人権デュー・ディリジェンスは、企業の持続可能性と社会的信頼のための不可欠な取り組みです。適切に実施することで、リスクの未然防止と効果的な管理が可能となり、企業は国際社会においてその責任と役割を果たすことができます。各企業は、このプロセスを積極的に進め、新たなビジネスの機会を生み出すべきです。
人権DDでよくある質問
人権デュー・ディリジェンスとは具体的に何を指しますか?
人権デュー・ディリジェンスは、企業が自身の事業活動およびサプライチェーン全体で発生しうる人権への負の影響を特定、防止、緩和し、その対応の有効性を評価する一連のプロセスです。この取り組みは、顕在的・潜在的な人権侵害を未然に防ぐことを目的としています。
企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する必要があるのはなぜですか?
企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する理由は多岐にわたります。主に、法的義務の遵守、リスク管理の強化、企業の社会的責任(CSR)の充実、ブランドの信頼性と評価の維持、そして投資家や消費者からの信頼を得るためです。また、グローバルな基準に沿った適切な対応は、企業の持続可能性と成長に直結します。
人権デュー・ディリジェンスのプロセスにおいて最も重要なステップは何ですか?
すべてのステップが重要ですが、特に「負の影響の特定と評価」は基盤となる部分であり、この段階での正確な情報収集と分析が後続のステップの効果を大きく左右します。このステップが不十分な場合、適切な予防措置や対応策の設計が困難になり、人権侵害のリスクを適切に管理することができません。
小規模企業でも人権デュー・ディリジェンスは必要ですか?
企業の規模に関わらず、全ての企業が人権デュー・ディリジェンスを実施することが推奨されます。小規模企業でも、事業活動が地域社会や個々の権利に影響を与える可能性があるため、適切な対応が求められます。小規模企業ではリソースが限られていることが多いため、実施方法を簡略化するアプローチをとることも一つの解決策です。
人権デュー・ディリジェンスの結果はどのように公表すべきですか?
人権デュー・ディリジェンスの結果は、透明性を保ちながら公表することが推奨されます。これには、ウェブサイト上での公開やサステナビリティレポートへの組み込みなどが含まれます。公表する内容には、実施した評価の方法、確認されたリスク、講じた措置、およびその効果の概要が含まれるべきです。これにより、企業はステークホルダーからの信頼を維持または向上させることができます。
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